NumberEYESBACK NUMBER

モウリーニョ電撃退任。その真相と余波を探る。 

text by

山中忍

山中忍Shinobu Yamanaka

PROFILE

photograph by

posted2007/10/18 00:00

 「モウリーニョ退任」

 この衝撃的な一報が英国内で流れたのは9月19日の深夜だった。まさに寝耳に水。過去3年間、欧州サッカー界に旋風を巻き起こしてきたモウリーニョ&チェルシーの連合軍は、予想もしないほどあっけなくコンビを解消することになった。

 チェルシーのバック会長によれば、退任の理由は「クラブとジョゼ(モウリーニョ)との関係が継続不可能となった」ことだという。

 ただし、この説明には補足が必要だろう。バックが言う「クラブ」とは、オーナーのアブラモビッチを指すからだ。昨季途中に表面化したモウリーニョとアブラモビッチの確執は、監督がオーナーの望む攻撃的サッカーへのスタイル変更を承諾したことで、一旦は収まったかに見えた。だが自尊心の強い両者はどちらも納得しておらず、ついには互いに我慢の限界に達してしまったようだ。

 アブラモビッチは、9月2日のアストンビラ戦(0−2)で、既にモウリーニョに見切りをつけていたと言われる。にもかかわらず、即座に行動にでなかったのは「(解雇を)正当化する理由が必要」だという経営陣の判断に従ったためだ。

 やがてアブラモビッチは、15日のブラックバーン戦(0−0)を経た18日のローゼンボリ戦(CL)で、ついに

“口実”を手にする。チェルシーはノルウェーの弱小チーム相手に引分け(1−1)、3試合連続で勝ち星なし、となったからである。

 試合後、控え室を訪れたアブラモビッチは、監督と形式的な握手を済ませると「素晴らしい試合だった」と、皮肉たっぷりにチームを批判したという。これで我慢の糸がぷつりと切れたモウリーニョは、翌19日、チームからの離脱を決意。深夜の電撃発表に至っている。

 退任発表の後、モウリーニョは、「(選手やファンとの)別れは辛いが、チェルシーでの日々に終止符を打ったことは納得している」と発言。再就職先をイタリアとドイツに絞って動き始めたとも言われる。

 だが残された選手たちは、そう簡単には割り切れない。20日朝、練習場で別れの言葉を交わした選手の中には、涙を流した者さえいた。その一人であるドログバは心中を語る。

 「俺たちは監督のために戦ってきた。これでプレーするための大きな理由を失ってしまった」

 後任監督のグラントには、前任者のような傑出した経歴も圧倒的なカリスマ性もない。さらには、開幕前にクラブに呼び寄せられたばかりで、プレミアシップで指揮を執るための条件も十分には満たしていない。リーグから与えられた猶予期間内(12週間)に、母国イスラエルでの資格がUEFAのプロ・ライセンスに相当することが証明されなければ、監督続投は不可能となってしまう。

 “正式な”後任候補としては、ヒディンクやファン・バステンなどの名前が早くも挙がっているが、確実なことは何一つ決まっていない。それどころか、ドログバやランパードらの主力が、冬の移籍市場で抜けるのではないかとの噂さえある。そうなればチームは完全に崩壊である。

 モウリーニョの退任が決定した19日は、奇しくも、『ブルー・レボリューション』と題されたドキュメンタリー作品のプレミア上映日だった。

 クラブ側は「アブラモビッチ時代の最初の3年間を収めた、記念すべき映像だ」と胸を張る。だがこのままでは、「砂上の楼閣が作られてから崩れるまでの3年間」を収めた映画になることは必至だろう。

関連キーワード
ジョゼ・モウリーニョ
チェルシー

ページトップ