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高木新監督の人間力で横浜FCの再生なるか。 

text by

一志治夫

一志治夫Haruo Isshi

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posted2006/04/06 00:00

 Jリーグが開幕したその日の夜、横浜FCは、素早い決断を下した。足達勇輔監督の解任を決めたのだ。もっとも、前シーズンを12チーム中11位で終えた監督が留任していたわけだから、ある意味、遅すぎる判断だったと言うこともできる。

 足達監督のもとでコーチを務めていた高木琢也に監督就任依頼が来たのは、初戦(対愛媛FC戦)を落とした翌日、日曜日夜のことだった。

 「やはり多少は不安があって、半日いろいろ考えた。自分には経験がないとか。でも、ネガティブなことを考えてもいろいろと材料が出てくるだけで、ポジティブに考えようと切り替えたんです。監督をしたくてもできない人はたくさんいるし、確かに形としては急だけど、こういうビッグチャンスをものにしていかないといけないな、と」

 「アジアの大砲」と呼ばれたFWには、10年以上前に一度だけ広島でインタビューをしたことがある。とにかく寡黙で朴訥とした人だなあ、というのがそのときの印象だった。だから、実のところ、横浜FCのコーチに就任したと聞いてもぴんとこなかった。なんとなく指導者という像とは結びつかなかったのである。ところが、今回、話を聞いて驚いた。高木の頭の中にはずっと「いつかは指導者に」という思いが抜きがたくあったというのだ。高木は、日本リーグ時代からトレーニング記録やそのときどきの監督の戦術などをノートに書き留め続けていたのである。

 「もともと何かに書いて残すことが好きだったんです。FWの選手はどうしてもディフェンスに関しては弱いので、特にテレビで解説の仕事をやるようになってからは守備にフォーカスして見ていた。プレミア、セリエA、チャンピオンズリーグといろいろやらせてもらって、いいと思うものは取り入れ書き残すという作業もしていたし、海外に行くチャンスがあれば向こうで練習も2、3日見て、トレーニング方法をチェックしたりしていた」

 高木にとってコーチ就任は、いわば既定の人生だったのだ。とはいえ、ふってわいたこの段階での監督就任は予定外でもあった。いま、横浜FCが抱える問題は決して少なくない。たとえば、シーズン前から暗示されていた得点力不足は、4試合終了時点でわずか2ゴールという現実となって表れている。ただ幸いにも、失点も2と少ない。高木はいま、その守備の潜在能力をより引き出し攻撃の基盤としたいと考えている。

 Jリーグの合間に組み込まれた練習試合を終えた高木監督は、陽が落ちゆく中、ひとり周囲に転がるボールを集め始める。そして、そのボールの入ったネットを肩に担ぎ上げ、右手に選手たちの飲んだドリンクのホルダーを持ち、クラブハウスへと引き上げていった。38歳の高木監督の体からは優しさが滲み出ている。

 「周りから見れば選手との距離がないんじゃないかと思われるかもしれないけれど、僕は僕のスタイルでいきたい。指摘するところは指摘するし、そういうメリハリがあればいいんじゃないか。これはずっと思っていたことだけれど、監督と選手と言っても、人と人の関係なので、いくら監督がいいものを持っていてそれを選手に伝えたとしても、選手が動いてくれなければ無意味なので、そこら辺の気持ち的な部分でヘッドダウンさせないようにやっていきたい」

 就任1年目、心優しき監督の突破口は、果たしてどんな形で見つかるのだろうか。

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