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選手兼任監督として古田が成功するカギとは。 

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矢崎良一

矢崎良一Ryoichi Yazaki

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posted2005/10/13 00:00

 巨人の新監督騒動の陰に隠れる形となったが、若松勉監督の辞意表明に伴い、ヤクルトに古田敦也監督誕生の気運が高まっている。球団はすでに就任を要請済みとのこと。受諾すれば、本人が現役続行を強く希望していることから、古田にとってプロでの恩師に当たる野村克也(現シダックス監督)以来、約30年ぶりの選手兼任監督となる。

 戦前の人材難の時代にはさほど珍しくもなかった選手兼任監督。その後も鶴岡一人、藤村富美男、中西太といった球史に残るスタープレーヤーが名を連ねている。 '70年には野村克也、村山実の2人が同時に就任。ともに30代なかばで、「青年監督」が当時の球界のトレンドとなった。しかし戦略戦術が高度化した現在のプロ野球では、非常に困難な職務と考えられている。

 ここ数年「実質的監督」と揶揄される程チーム内に強い影響力を持っていた古田でも、いざ監督として采配を振るうとなると、また話は別。何よりも、自らのプレーとの両立が最大のネックとなる。捕手というポジションゆえ、投手交代に関しては目利きも出来よう。だが試合全体を通しての用兵、特に攻撃時の作戦選択など、自ら打席にでも立とうものなら、手が回らない時も出て来るはずだ。

 南海(現ソフトバンク)でリーグ優勝も経験し8年にわたる長期政権となった野村兼任監督は、ヘッドコーチに招聘したドン・ブレイザーが、ベンチにおける司令塔として戦術面をサポートしたことが大きかったという。就任時に34歳とまだ働き盛りだったこともあり、その後も野村は捕手、そして打者として数々の記録を打ち立てている。一方、同じ年に阪神で兼任監督に就任した村山は、こうしたスタッフに恵まれなかったこともあってチームは成績不振に苦しむ。そして3年目のシーズン開幕早々、金田正泰ヘッドコーチ(のちに監督代行)にチームの指揮権を委ねることになった。実質的な解任である。その年限りで現役も引退。悲劇的な結末となった。

 知略に優れた古田が、こうした課題をおざなりにするはずがない。就任となれば球団に働き掛け、自らの信頼できるスタッフで周囲を固めることだろう。その中には、ブレイザーのような「影の監督」的存在もいるはずだ。ある意味、古田内閣の命運はこのスタッフの優劣が鍵を握るとも言えるだろう。

 ただ、それ以前に古田新監督の成功への障害は少なくはない。まず、ポスト古田の早急な育成。さすがの古田も40歳を過ぎ、フル出場は困難な状況だ。チームが長期的に安定した成績を残すためには、力量のある捕手の存在は不可欠。まして経験が必要なポジションだけに、自らが現役にこだわるほど、後継者の育成が遅れることになる。現役への情熱とどう折り合いを付けるつもりか。そして石井弘寿、岩村明憲の両選手が、今オフにもポスティングによるメジャー移籍を希望している。これまで古田は選手会会長という立場、また個人の見解としても、各選手のメジャー挑戦に対して賛成の立場を貫いてきた。しかし今回、自ら指揮を執るチームの主力選手が流出の危機となれば、果たして両手を挙げて気持ち良く送り出せるものだろうか。

 古田の意思表示はシーズン終了後と言われている。実現すれば大きな話題となり、興行面でも目玉となりえるもの。そして成功すれば、球界に新しい流れを作ることにもなる。昨年同様、古田の決断がプロ野球にとって大きな分岐点となりそうだ。

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