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PRIDE化へ突き進むHERO'Sが担う重責。 

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布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

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posted2007/10/04 00:00

 昨年12月、UFCに移籍することを決意した時のミルコ・クロコップも、まさか近い将来にPRIDEが活動停止になるとは予想していなかっただろう。今春以降、ミルコの後を追うようにアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、ヴァンダレイ・シウバらPRIDEの主力が続々とオクタゴンに転出した。事実上PRIDEが活動を停止した今、誰もこの流れを食い止めることはできない。

 PRIDE難民のアメリカでの受け皿がUFCならば、日本のそれはHERO'Sだろう。昨年桜庭和志がHERO'Sに活路を求めた頃は移籍よりも引き抜きの色合いが濃かった。 が、それも今は昔。現在、日本にはHERO'Sしかメジャーな総合の舞台はなくなってしまった。中村和裕らがUFCに活路を求める一方で、田村潔司やミノワマン(美濃輪育久)がHERO'Sに転出したのはごく自然な流れだ。風向きが変わったことで、HERO'Sのカラーも変わりつつある。

 もともとPRIDEは強い者同士を対決させてハイレベルな攻防を見せることでMMA最高のダイナミズムを世間に提供した。エメリヤーエンコ・ヒョードルもPRIDEに上がり始めた当初は無名の存在に等しかった。それでもパウンドの破壊力だけで大観衆を唸らせていたものだ。

 それに対して、HERO'SがPRIDEとの違いを際立たせるモンスター&芸能路線に頼らざるをえなかったのは苦肉の策だっただろう。もっとも曙やボビー・オロゴンにいつまでも頼っているわけにはいかない。晴れてPRIDE的なものを大手を振ってやれるようになったのは時代の要請でもあるだろう。谷川貞治プロデューサーは言う。

 「異種格闘技より競技化した総合が受け入れられる時代になった。競技的な部分を重要視していたPRIDEがなくなったら、その役割をHERO'Sが担わないといけない」

 果たして『HERO'Sミドル級世界王者決定トーナメント決勝戦2007』(9月17日・横浜)の対戦カードは、まさに実力拮抗の組み合わせを具現化したものだった。柔術の世界王者ビビアーノ・フェルナンデスvs.9カ月ぶりに総合に復帰した山本“KID”徳郁、PRIDEの因縁をそっくり持ち込んだセルゲイ・ハリトーノフvs.アリスター・オーフレイム。結果的に全10試合中7試合が1R決着。それでも「実力差がありすぎ」「スタミナがなさすぎ」といった理由で短期決戦になったわけではなく、お互い勝負を挑んだ末に秒殺劇に発展するケースが目立っていた。

 そんな緊迫した空気の中、ゲストとして登場したのは競技化路線とは対極に位置する“伝説”ヒクソン・グレイシー。何しろヒクソンが最後に試合をしたのは7年前。しかも現在の47歳という年齢を考えたら、“過去の人”と見なすのが当然だが、当のヒクソンは“グレイシーハンター”桜庭和志との直接対決を示唆、観客も忘れかけていた大河ドラマを復活させようとしている。もともと桜庭の打倒グレイシー路線もPRIDEから引き継いだ大きな遺産だ。本物志向に少しのファンタジーをトッピング。それがPRIDE路線を汲んだHERO'Sのあるべき姿だろう。

 「いま、日本の総合格闘技界は長い目で見た本物志向という部分が必要になってきた」(谷川P)

 問題はこれを続けていくこと。視聴率に左右されない競技としての総合を根付かせるためには、途方もないほどの根気が必要なのだから。

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