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<さすらいのセーブ王> 高津臣吾 「野球の果てまで連れてって」 

text by

阿部珠樹

阿部珠樹Tamaki Abe

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2011/04/01 06:00

<さすらいのセーブ王> 高津臣吾 「野球の果てまで連れてって」<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

日米韓台、4カ国のリーグを渡り歩いてもなお……。

「フーッ。この一杯を飲むために、試合のあと、なんにも飲まないでがまんするんですよ」

 そういってビールを飲み干した。年齢相応のオヤジぶりである。

「アリゾナも暑かったし、カリフォルニアのフレズノも暑かった。でも、ここのは湿気が多いから特別ですね」

 暑さの物差しが国際的だ。日本、アメリカ、韓国、台湾。4カ国のリーグで一軍選手としてプレーしたのは日本で高津が最初だろう。それだけではない。メジャーのキャンプで招待選手としてテストを受け、サンフランシスコジャイアンツのマイナーでもプレーした。野球の世界はサッカーなどに比べると広いとはいえないが、これだけ渡り歩いた選手はあまり例がない。しかもそれでいてレコードブックの一番上に名前の載るような選手なのだ。

 日本記録を作り、メジャーに渡り、古巣のスワローズに戻って2年プレーした。功成り名遂げて引退というのが普通の歩みだろう。しかし、高津は歩みを止めなかった。

現役を続けた一番の理由は「野球を辞めてしまうことがこわい」。

 つづけた理由はいくつか想像できる。まずフィニッシュの形。2007年、二度目のスワローズ時代、入浴中に転倒して足の指を骨折した。復帰したが納得の行く投球ができずに終わった。その終わり方に引っ掛かりがあったのではないか。つぎに野心。誰もやったことのない4つの国でのプレー。これは野心をくすぐられることだろう。実利。4カ国でプレーしたセーブ王という勲章は今後の生活の糧にもなる。そしてプロスポーツの選手らしいナルシシズム。自分なら、まだ相手を牛耳ることができる。オレは違う、特別だ。

 どれも全くなかったとはいわない。だからといって話を聞くと決定的な理由でもなさそうだった。

「辞めるのがこわい。どうなっちゃうんだろうって思うんです。きびしい場面で打者に向き合ったときと似ている。想像もしたくない」

 野球を辞めてしまうことがこわい。そのとき、自分の身に何が起こるのか、想像もできないし、したくない。どうやらそれが一番の理由らしい。

「逆にいえば、真剣勝負が好きなんですよ。やるかやられるか、ピリピリする感じ。そういう場面に立って投げること。それができなくなってしまうことがこわいし、がまんできない」

【次ページ】 総革張りのソファから時計のないロッカールームへ。

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