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「取り締まらないとは何事か!」警察に苦情電話が…アントニオ猪木に火をつけた“真のヒール”タイガー・ジェット・シン伝説《旭日双光章を受章》

posted2024/05/03 17:06

 
「取り締まらないとは何事か!」警察に苦情電話が…アントニオ猪木に火をつけた“真のヒール”タイガー・ジェット・シン伝説《旭日双光章を受章》<Number Web> photograph by AFLO

旭日双光章を受章したタイガー・ジェット・シン

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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 政府が4月29日付で発表した春の叙勲で、タイガー・ジェット・シンが旭日双光章に選ばれた。

 タイガー・ジェット・シンといえば、“インドの狂える虎”の異名を持ち、1973年の初来日以来、アントニオ猪木の敵役などで長年にわたり悪のかぎりを尽くしてきたヒールレスラーの代表格。しかしリングを降りれば、在住するカナダのトロントでさまざまな事業を展開する企業家であり、’80年代から子供や医療機関に対する慈善活動を続けてきた慈善家としても知られている。

 東日本大震災の際は被災した子供たちへ義援金を送るなどの支援活動を行い、2021年2月には長年にわたる日本との友好親善への貢献が評価され、主宰する慈善団体「タイガー・ジェット・シン財団」は在トロント総領事から表彰も受けている。今回の旭日双光章も「スポーツを通じた日本・カナダ間の友好親善・相互理解の促進に寄与」したことを理由に受章したものだ。

タイガー・ジェット・シンが、猪木の闘魂に火をつけた

「ヒールは人格者が多い」とは、プロレス界で昔からよく言われることだが、タイガー・ジェット・シンは、まさにその筆頭と言えるだろう。

 そしてレスラーとしてもプロフェッショナルであり、アントニオ猪木との抗争はまだ弱小団体だった初期の新日本プロレスが人気団体になるきっかけともなった。元・新日本プロレス営業本部長で、猪木vsモハメド・アリなど数々の大一番を実現させ“過激な仕掛け人”と呼ばれた新間寿は「猪木の闘魂の導火線に火をつけ、新日本プロレスの人気を爆発させたのがタイガー・ジェット・シンですよ!」と断言している。

 アントニオ猪木が’72年3月に新日本プロレスを旗揚げした際、当時のプロレス団体の生命線ともいえる外国人レスラーの招聘ルートは、既存の日本プロレスと国際プロレスに完全に握られており、テレビ局のバックアップもない、苦しい船出だった。当時のことを新間はこう振り返る。

「新日プロの旗揚げ当初は、本当に大変でしたよ。とにかくお金もないし、レギュラーのテレビ放送もないという、ないないづくし。あるのは、レスラーと社員のやる気だけだったね。とくに困ったのが、外国人レスラーの招聘ですよ。なんとか猪木の師匠格であるカール・ゴッチの協力こそ取り付けたものの、その他はドランゴ兄弟にブルックリン・キッド、インカ・ペルアーノなど、誰も知らない2流、3流レスラーばかりだった。いくら宣伝カーを走らせて、街角にポスターを貼りまくっても切符なんて売れやしない。とにかく最初の1年は借金ばかりがかさんでいく状態だったね」

【次ページ】 「俺だって頭が痛いよ」猪木の苦悩

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